風景が、暮らしのそばにある場所 『諸志』
諸志|今帰仁村

沖に、白い船影が見える。
伊江島と沖縄本島を結ぶフェリーが、今日も静かに往復している。
特別な出来事があるわけではない。
ただ、決まった時間に船が通り、それを誰かが意識するでもない。これがいつもの風景だ。
車を降り、少し歩く。
案内板も、派手な看板もない道を抜けると、
視界がひらけ、ターコイズブルーの海が広がる。

撮影日は11月。
太陽が出れば、まだビーチで寛げる季節。
浜辺で寝転がり本を読む人、海に入っている人、砂遊びに熱中する子供たち。
特に何があるわけでもないが、とても豊かで満たされた時間が流れている。

ここでは、自然は“観るもの”ではなく、日々の暮らしの中にある。

村の中心には、共同売店がある。セメント瓦のこの建物は昭和32年頃に建てられたもの。

冷蔵棚に並ぶのは、ハイケイ、ヤギ、馬肉。
少し珍しく、けれど、この地域では特別ではない品揃え。
共同売店は、生活を支えるだけではなく、地域のコミュニケーションの場としても大事な存在。

諸志は、必要以上に便利であろうとしない場所だ。
にぎやかでもなく、何かを誇示することもない。

ただ、風景が、驚くほど近い。
行き交うフェリー。
砂をこぼす手。
夕方の売店の明かり。

それらはすべて、特別なものではない。けれども十分に満たされているという感覚を、静かに思い出させてくれる。

ここでの暮らしは、新しい何かを選ぶというより、忘れかけていた感覚に、もう一度戻っていくことに近い。何かを足すというよりかは、余分なものを手放した先にあるもの。
諸志は、そんな時間が流れている場所である。


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